向こう岸

お習字の先生に話を聞いた。

私は美しい文字が書ける人に対して強い憧れがある。
子どもの頃はかじった程度にお習字を習い、長期で一時帰国していた頃にはペン習字を習っていた(参照)。
が、いかんせん中途半端なので、集中して文字を書く気分の良さと、お手本どおりに書ける喜びを体験するぐらいまでは行くのだけど、モノにならない。
モノになっていないから、お手本がないと全然書けない。

アメリカで子どもたちに書道を教えている友人に会ったので、その話をしたら
「言われてみると、私も頭の中にお手本を思い浮かべて書いてるのかも」と言われた。
「いろんな“お手本”をたくさん繰り返し見てきているから、それが頭の中に蓄積されていて、自分が書くときもそれに照らし合わせて、見ながら書いてる、みたいなところがある気がする」と。

ほほー。
つまり、お手本が頭に入ってしまえば携帯できるようになって、いつでもどこでも「お手本を見ながら」が可能になるわけか。
なーるーほーどー。

で、そうなるためには、とにかく練習だ、と。
何度も何度も練習をしていると、あるとき「あ、この線はこう書くんだな」というのが突然わかるときが来る、と。
そのときが来るまではひたすら練習に練習を重ねる、と。

ふむ。
「じゃあ“その時”が来たら、たとえばその線は、もうすっかり上手に書けるようになる?」と聞いてみた。
いわば向こう岸に渡ってしまって、もうこちらとは別の世界へ行けるのかな。
「いやぁ、そうは行かない」と。

子どもに教える中で、上手く書けたところを捕まえて、「そう、それ。今の感じでもう一度、書いてごらん」と言っても、それはほぼ偶然なので子どもは再現できないことが多いという。
「ただ、それを何度も繰り返して、こっちの岸と向こう岸を何度も往復していると、そのうち向こう岸に行く回数が増えてきて、ある時からは向こう岸に行ったまま、もう戻ってこなくなる」と。
ははぁー。

英語も、そうかな。
そういうとこも、多少はありそうかな。
どうかな。

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