No English

「うちの学校では、英語やりません」というところがあってもいいと思う。

私にはアスペルガーの年下の友人がいる。
地元の公立小学校では、あまりうれしくない経験もしたけど、ある有名私立中学に見事合格し、入学以来、楽しい学校生活を送っている。
最近は数学がおもしろくて仕方ないらしく、なにやらコンテストで賞を獲って表彰式に出席した話を聞かせてくれた。

そんな彼は英語が苦手である。
彼が英語を書いたり話したりするところを見たことはないが、苦手であろうことはわかる。
苦手で当然だとも思うし、苦手でもいいと思う。

近々、英検を受けなければならないとのことで、アドバイスを求められた。
時間に余裕をもって家を出ること。
筆記用具を忘れないこと。
途中で落とし物をしないこと。
水を飲みすぎないこと。
マークシートの解答がずれないように、5問に1度くらい、確認すること。
英語のアドバイスではないけど、彼にはそういうことがいちばん大事。

で、思う。
彼の通う中学のように、特別な才能に恵まれている生徒を大勢受け入れているような中高一貫校で、なぜ「英語なし」が不可能なのだろうか。

公立をはじめ、日本中の他の学校がこれほど英語、英語というなら、たまには「うちは英語やりません」という学校があっても別にいいんじゃないの、と思う。
「うちの学校で、他の学校並みに英語をやったところで、他の多くの日本人並みに、英語はできるようになりません。だったら、その時間や労力を別の活動に当てます」と、きっぱり言う学校があってもいいんじゃないの。

“オールイングリッシュ”がある(らしい)んだから、“ノーイングリッシュ”があってもいいじゃないの。
あ、“ノーイングリッシュ”は英語か。
じゃ、「英語なし」で。

義務教育や文科省の何やらが邪魔をするなら、大学はどうかしら。
「うちの大学に4年通ったって、どうせ英語はできるようになりません。だから入口でも英語の力は測りません。英語がやりたい人は、どうぞ他へ行ってください」で、特に問題はないんじゃないかしら。

そうすれば、必然的に「その代わり」が発生する。
「英語の能力は不問です。その代わり…」と条件をつける。
それが各学校の特色になり、強みにもなるだろう。

そしてこの「その代わり」は、英語を専門に学ぶ生徒や学生を育てる学校にも適用できる。
「うちは入口で英語の力を測ります。それを理由に合否を決めます。その代わり…」となれば、必然的に、その学校に在籍する間、卒業するまでに、英語に関して何らかの変化が起きることをはっきり約束することになるだろう。
その決意表明と、変化の具体的な内容や実績が、学校の特色になっていくだろう。

そうやって正々堂々と特色を打ち出したうえで、受験生や保護者に選択してもらう。
「うちの子に英語は要らないな」という親や「英語はやりたくないな」という子は遠慮なく「英語なし」の学校を選べばいい。
「その代わり」、他の何かを頑張ればいい。

長い時間かけて、お金も労力もかけて、いちおう言われたことをそれなりに真面目にやっても、結局たいしてできるようになってないんだからさ。
ところどころで「英語なし」が実施されたって、全体の状況は今とそう変わらないだろうし、むしろいいことがありそうに思うよ。
まずは英語が苦手なことがわかりきっていて、将来も使わないことを早くから決めていて、英語以外の才能があると思われる学習者が集まる場所から始めてみたらどうかしらね。

そして、それをやられると困るのはどんな人か、みんなでよく考えてみようよ。

がんばれ、ニッポン。

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