独占インタビュー

先日、日本のある研究者の博士論文が本になった。
で、その著者を直撃独占インタビューしてみた。

これまでにも友人の博士論文が本になったことはあるけど日本人じゃないし、日本人の友人が本を出したことはあるけどアカデミックじゃない。
そもそも私は日本の研究者の知り合いがとても少ないので、日本のアカデミアの文化も作法も全然知らない。
というわけで、聞いてみたいことがいろいろあった。

彼女の専門は日本近代史+ジェンダー。
どちらも私にとっては未知の世界。
その意味でも聞いてみたいことがいろいろ。

彼女のような人が表舞台に立つことになったというのもおもしろい。
注目を集めたくてもがいている人はたくさんいるし、特に希望はしていなくても注目されるとなれば、それはそれで吝かでないという人はいくらでもいるけど、彼女のようになるべくひっそり生きていきたい願望がありながら、とうとうそういうわけに行かなくなった人は珍しい。
注目されることが思いっきり吝かな“マイナス注目欲”(参照)仲間として、聞いてみたいこといろいろ。

肝心の本を、私はまだ読めていないのだけど、まぁ私の目が最終ページまで通り過ぎたところで私に本の内容が理解できるわけでもないだろうし。
本帰国の前に彼女を捕まえて聞いておきたいことがいろいろなので、読んでないことは許してもらいつつ、私の思いつくまま、いろんな質問に答えてもらった。

私が彼女と出会ったとき、彼女は論文を書き上げる最終段階にあった。
なので、ほんの少しだけど、そのときの様子を知っている。
その後、論文を提出するため日本へ帰国し、アメリカへ戻ってきて再会したときには出版の話が決まっていた。
そしていよいよそれが本当にかたちになった。

で、その感想や、出版後の家族の反応に始まり、腹をくくることや、矢面に立つこと、一般の人を相手に伝えるということ、日本のアカデミアに身を置くということ、日本という国、文化、政治と今後について、日本とアメリカの関係性について、集合体としての日本人について、などなどたっぷり話すことができた。

話しながら、私自身も自分が日本人を対象に英語教育を通じて何がしたいのか、改めて言語化する機会を得た。
どうやら私は日本人を“ウチの子”ととらえ、かわいがりつつ、心配していて、見ちゃいられないので、「これからの世の中は物騒だから、せめて英語ぐらい持って行きなさい」というようなことが言いたいらしいことがわかった。
彼女は「そんな人、初めて見た」と笑った。

日本で、日本人が、日本語で、日本について語るというのはとてもとても手ごわいことだ。
それに対し、外国で、ガイジンとして、第二言語で語るというのはいかに甘やかされていて、いかにぬるま湯の環境か。
恥ずかしくなる。
特に日本においては、英語を使いさえすれば付加価値がつき、中身以上の高い評価を得ることができるのに、そこに逃げない彼女の姿勢は本当に立派だと思う。

ところで英語(に見える何か)を持ってさえいれば簡単にハクが付き、研究の学問的な質を上げ底にしてもらえたり、大学などでの職に困らなかったりするのは、大問題。
これもまた、結局は英語教育の進歩を阻んでいるのだろうと思う。
このあたりは英語系研究者や英語教育関係者の既得権益に関わるもので、自発的に律するようにしてもらうなり、英語に過剰反応しなくなる程度まで全体の英語能力を上げて、正当に中身を評価する落ち着きをもってもらうなり、何とかしてもらいたいと思う。

それにしても、ただ日本人同士というだけで、こういう別世界の人とお近づきになれるのは、ありがたいことだ。
これもまた“ガイジン割引”なのである。

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