縦書き

“ƧEKᗄHƧK「IW” みたいなのぼりを見かけて考える。

たまたま信号で止まった左角にハンバーガー屋があり、店の前にのぼりが立っていた。
上から、”ƧEKᗄHƧK「IW”。
裏返して横にして左から読むと「MILKSHAKES」となる。
こういうちょっとした脳トレはどこにでも転がっている。

私は日本語という、縦書きにも横書きにもできる珍しい言語のネイティブなので、こういうのにわりと柔軟に対応できる。
さらに「タテののぼりなんだから縦書きにすればいいのに」と思うんだけど、横書きネイティブの皆さんにはかえって不便なんだよね。
お店の看板などで縦書きのものがあるけど、私のような縦書きネイティブが↓の流れでサッと読むのに対し、横書きネイティブは→を文字数の分、繰り返すことになるので、サッとはいかないのだ。

縦書きの素晴らしさを強く感じるのは、背表紙。
日本語の本は本棚に納めたとき、きちんと立っている感じがする。
おそらくは同じ理由で縦書きにするために、CDやDVDで、“表紙”はアルファベットのものも“背表紙”ではカタカナにしているようだが、これには「ダサくて嫌」という声が多いみたい(参照1 参照2 参照3)。
このあたりにも、「見えない言語」(参照)のマジックがありそう。

読めてしまうと、ダサく感じる。
読めないと、カッコよく感じる。
了解。
ではそこから、少し想像力を働かせて、「じゃあ自分の読めないコレが読める人にはどうかな」「じゃあ自分の読めるコレが読めない人にはどうかな」ということを考えてみてくれないなぁ。

たとえば、いわゆる“洋楽”のミュージシャンが日本へ来て、自分のCDにカタカナ縦書きのタイトルが付いているのを見つけたら、きっと大興奮、大喜びするよ。
「読めないと、カッコよく感じる」の法則でしょ。
だから「勝手にカタカナにされているのを本人が見たら悲しむ」という心配はたぶん不要。

読める人たちにとって、文字は文字にしか見えず、文字列からは意味が生まれてくる。
ネイティブが「ダサい」と思う文字列を、外国から来た“読めない人たち”はカッコいいと思うわけだ。

そこで感心して思考を終えるのではなく、さらに考えて、「あ、じゃあ同じことが日本の英語にも起きてるのかな?」と想像してみてほしい。
「このデザインだと思っている、カッコよく見えている文字列は、英語が読める人にはどう見えているのかな?」「自分がもっと英語を読み慣れたら、この文字列は自分にも違うふうに見えてくるのかな?」と想像してみてほしい。

言語を学ぶって、たとえばそういうことなのよ。
よろしくね。

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