Andragogy

大人の教育・学習について日本語で学ぶ会に出席してみた。

NYC の大学院で修士課程に留学中の、今学期末に卒業を控えた日本人学生が、自分の学んだことを日本語で発表するという企画。
その3回シリーズの2回目。

修士課程の学生には独特のキラキラ感がある。
学んだことをぐいぐい吸収し、学ぶことが楽しくてしょうがないのだ。
私は「M1シンドローム」と名づけ、博士課程経験者たちとともに、自分たちと彼らとの隔たりを共感しあっている。
「M1シンドローム」が周りにもたらす感情は、憧憬や微笑ましさ、嫉妬や苛立ちなど、さまざま。
今の私の立場では、喪失感と軽い胸やけ、かな。
私はお酒をほとんど飲まないので実際にはわからないが、二日酔いってこんな感じかしら。
自分も修士の頃はあんなふうだったかもな、と思いつつ、長く暗いトンネルを抜けられずにいる現在の自分には彼らのまぶしさが重たい。

それでも勉強会に参加する。
修士の学位取得間近の学生ほど、理論や研究者について体系的に、簡潔(≒単純)に説明できる人たちはいないし、胸やけしようと何だろうと、純粋に学問を楽しんでいる人たちから刺激を受けることは大事だから。
ま、ドM とも言うけど。

今回のテーマはAdult Learning and Education。
大学生~社会人の英語教育をやっている私としては興味深いトピック。

中でも特に気になったのは、Andragogy(参照)。
日本語では「アンドラゴジー」、「アンドラゴギー」、「成人教育学」。
子どもの教育・学習、Pedagogy との対比で発展してきた大人の教育・学習における主要な概念だという。

たとえば、子どもの学習者が先生や親などに依存して学ぶのに対し、大人は自主的に、自己主導で学ぶ。
子どもの学習では、学習者の経験にはあまり価値がないが、大人の学習者の経験は貴重な学習資源となる。
子どもは社会的圧力などによって学ばざるを得ないが、大人は自身の社会的役割の変化に応じるために学ぶ。
子どもの学習は教科が中心だが、大人の学習は問題解決中心。

そして人間は子どもから大人になるにつれ、その成熟と並行して、子ども型学習から大人型学習へ移行する。

ふむ。
それ自体はよくわかる。
私自身を含め、そこに集まった大学院生や社会人たちは皆、「大人型」の学習ができていると思う。
だからこそ、自らの意思で日本語での勉強会を企画し、自らの時間を割いて参加しているのだ。

しかし、疑問がわく。
私の知る成人の日本人学習者には「子ども型」から抜けられない人が多い。
で、発表者のKさんに質問してみた。
私が出会う日本人英語学習者が、ともすると“依存的”になってしまうことを説明した上で、これは日本固有のことなのか、文化的なことなのか、あるいは文化に関わらず、そういう大人はできてしまうものなのか。

Kさんご自身も、それを教授に質問したことがあるという。
が、いかんせん教授は日本文化を知っているわけではないので、はっきりした回答は得られなかったそうだ。
Kさんの意見は「アメリカでは子どもの頃から大人型学習の芽が育っているから、大人になったときの移行がスムーズにできる。日本では子ども型学習が根強く、大人になってもそのイメージで学習しようとする人が多いので、日本人向けにAndragogy を実践するのは難しいだろう」。
うんうん。やっぱりね。

するとTさんが「それはどうかな」と異論を展開。
「日本人でも、たとえば会社員なら、自分で仕事の効率化を図ったり、必要なスキルを自主的に身につけたり、普通にできている。
英語学習にしたって、趣味程度にやっている人は依存的でも、死活問題として学ぶのなら依存的ではいられないだろう」。

そう言われて、改めて不思議に思う。
たとえばコーチングの受講生は、エグゼクティブを含むいわゆる仕事のできる人たち。
彼らは仕事上では「大人型の学び」を実践しているはずだ。
英語だって“死活問題”と思うからこそコーチングを受ける。
そういえば、コーチングを始める時点での彼らの姿勢は大人型の学び的であると思う。
それが、どこかの時点から、慣れや甘えが出てきて、子ども型の学びになってしまう傾向があると気づいた。

そのあたりを話すと、他の人から「『英語』というのが子ども時代の教科にあるから、それが影響しているんじゃないか」と。
なるほど。
たとえば営業や企画、交渉、経営のように、子ども時代に学校で習っていないものは初めから「大人型」と割り切って学べるが、学校で「子ども型」で習った教科と見た目が似ているものは「大人型」に切り替えにくいのかもしれない。

また、Yさんは、自身が諸外国でダンスを教えた経験から、学習者が「お手本どおり」「模範解答狙い」の姿勢からなかなか脱却できない文化が日本以外にもあるという話を披露してくれた。
そうか、そういえばコーチ仲間のポーランド人Iも、「受講生に自由に考えさせようとすると、『いいから早く正解を教えてくれ』とイラつかれることがある」と言ってたな。

ふむ。
どうやら新たな課題が見つかったようだ。
学習といえば「子ども型」が主流の文化圏で、英語という「子ども型」で学習した覚えのあるものをやる以上、大人の学習者たちは「子ども型」に逆戻りしやすい。
その危険性を、私はもっと自覚する必要がある。

それにしてもアメリカの教育をよく知る日本人たちからさまざまな意見を聞くことができるというのは、ものすごくラッキーなことだ。
ありがたい。

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