Rosh Hashanah

Rosh Hashanah なので今週末は大型連休。

Rosh Hashanah について書いたことはなかったような気がしたんだけど、検索したら書いていた(参照)。
8周半もしてると、年中行事で新ネタを出すのは難しいね。

Rosh Hashanah はユダヤ教の新年のお祭り(参照)。
今年は9/24の日没から26日までがそれに当たっている。
うちの大学も、24日の午後からお休み。

新年のお祭りといえば、世界中どこでもだいたい食べ物が重要なもので。
日本ならお雑煮。
中国なら餃子。
ユダヤ教徒はりんごにハチミツ。

一説によると、りんごは皆の行いを査定する女神さまで、ハチミツはその女神さまに「お手柔らかに」とお願いするための“貢ぎ物”らしい(参照)。
一年を振り返ると、誰しもそれなりに「見逃してください」とお願いしたくなることがあるもんだからね。

日本ではお天道さま。
そういえばサンタクロースも街にやってくる前に、誰がnaughty で誰がnice かちゃんとチェックしてるんだったよね。

「見張られている」と取るか、「見守られている」と取るか、解釈はそれぞれだけど、誰にも見られずに生きてるなんて考え方はやっぱりあり得ないと思う。

現代日本人もちゃんと宗教の話ができるようになったらいいな。

「Rosh Hashanah」への6件のフィードバック

  1. 現代日本では 「宗教」 という単語は敬遠されがちなので 「信心」 と言えばいいのだと、40年ほど前に、鈴木忠志氏に演劇学の講義で教わりました。彼は演劇における 「信心」 を担保したくて、その数年前に東京から利賀村に拠点を移したもののようです。
    日本は少なくとも 40年以上前 (おそらく終戦直後) から、「宗教」 というテーマではものを語ることが困難な世の中になっていたようです。

  2. なるほど。ただ、では「信心」なら語れるようになっているかというと…うーむ。

    日本国内では“無宗教”でもいいのですが、外国と関わる人はReligion なりFaith なりBelief なりを語れるようになってもらいたいなと思います。

    一方で、習い事としての写経や座禅、英語学習用のバイブルスタディー、『般若心経 現代語訳』などに対しては抵抗がないどころか、興味があることを積極的に公表できているようですよね。

  3. どうも 「宗教」 は非日常で、「信心」 は日常というニュアンスがあるようです。

    初詣や七五三のお宮参りやお墓参りや祭礼における寺社参りは「信心」ですが、それ以上になってしまうと「宗教」で、敬遠されるということのようです。

    それから、伝統的な神道、仏教は「信心」で、明治期以後の新興的な宗派(外来のキリスト教、イスラム教を含む)は「宗教」ですね。教義などにあまり深く突っ込まずに、習慣的にやれるものが「信心」で、それ以上のことが求められると「宗教」。

    別の言い方では、「素養」 「習慣」 「年中行事」の範囲なら「信心」で、「献身」が求められると宗教。どうも戦後の日本では、フィジカルなボランティアなら歓迎されても、メタフィジカルな「献身」は敬遠されるようです。

    個人的には、語感の問題でしかないようにも思うのですが。

  4. あぁぁ、なるほど!日本人がアメリカでやたら“無宗教”を強調したがる理由がわかったような気がします。そして英語教育的には、その“無宗教”と「No religion(きっぱり)」とは違うかもよってことを伝えていかなきゃいけない気がしてきました。

    長年、どこかおかしいと思いつつ、キーワードが見つからなかったのです。「信心」を軸に考えてまとめてみます。ありがとうございました!

  5. 素晴らしいですね。今後この話題になったら「これ読んで」ということにします。ありがとうございました!

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