LINE文化

LINE的やり取りに特有の“口調”のようなものを体験してみる。

幸いなことに、私は今のところスマホを必要としない生活を送ることができている。
たとえスマホを持ったとしても、LINEは好きになれなそうなので、やんない可能性が高い。

ではあるのだけど、スマホもLINEも世の中には確実に浸透してきていて、そこにはすでにある文化が生じている。
あんまり蚊帳の外に居ついていると、現代日本語に起きている変化を見逃してしまいそうだ。

全体的な傾向として、コミュニケーションツールは短く、早いやり取りのものが人気を集めやすくなっているが、言語使用という観点から言うとそれぞれの特徴には違いがある。
たとえばTwitter は発信中心のツールなので、言語学的には放っておけないだろうが、私はそれには興味がない。
LINE はInteraction 中心なので、より社会言語学的、コミュニケーション的。
やり取りの性質としてはIM やチャットと似たようなものだが、たぶん人間関係など社会性、あるいは心理面でLINEには何かしらの新しい特性があるのだろうと思う。

LINE の影響力を感じるのは、LINE に慣れている人が他のツールを使ったとき。
LINE よりはるかに使用経験が長いはずのメールにも、LINE っぽいやり方を持ち込もうとする傾向が見られる。

私は個人的に自分の言語力を鍛えたがる癖があり、Register (言語変種)をできるだけ多く持とうと努めている。
書き言葉の範疇でも、メールにはメールの、Facebook にはFacebook の、ブログにはブログの、コラムにはコラムの書き方があって、その中で話題や読み手に応じて、それぞれに“口調”を変えて書くことを楽しんでいる。

が、そんな人は珍しいのだろうし、そんなやり方は、効率重視、マニュアル遵守の忙しい現代人には向かない。
1つのやり方、それも簡単なものを“オールマイティ”に使うことがありがたがられる。
では“口調”を1本に絞るならどれか、となったとき、今いちばん人気なのはLINEの口調だということなのかもしれない。
そういえば、こんな記事もあった(参照)。

ちなみにここで言う“口調”とは、LINE 内および一般的にいう「命令~」などの口調ではなく、他のツールと比較したときに特徴として現れる雰囲気のこと。

LINE口調は決して好きなタイプのものではないが、私にとってはこれも新しいRegister なので、一定期間、Exposure を試みてみた。
要するに、語学留学だね。

なるほど。
使ってみてわかったのは、まずとてもラクだということ。
言いっぱなし、あとは相手や流れにお任せで許されるので、脳に負荷がかかっていない感じがする。

スタンプ的なものたちについては、私は個人的には不可解か不快でしかないと思うけど、まぁこれもカワイイとか楽しいとか思うのが一般的なのでしょう。

あまりよく考えず、雰囲気で、スピード感になんとなく乗っかって、シャラシャラーっと進んで、急に尻切れ的に終わる。
この終わったような終わらないような、続きがあるようなないような、モヤモヤした余韻が、中毒性につながっているのだろう。

そして、このLINE 的口調に慣れた状態で、たとえばメールの世界へ戻ると、うんざりする。
月から地球に戻ったときの重力ってこんな感じかしら。
件名とか、挨拶とか、出だしとか、構成とか、結びとか。
どれもこれも重い、うざい、面倒くさい。
とりあえず長い。
そういうのいいじゃん、と思うようになる。
また、最初から最後まで、誰にも補完や軌道修正をしてもらえず、ずっと自分一人が書き手であるということに抵抗を感じる。
孤独感、不安、プレッシャー、責任とも関連すると思う。
LINE の世界へ帰りたくなる。

…と、そういうことが世の中で起きつつあるのではないかな。

以上、私の語学留学体験記でした。
LINE の世界に長く住んでいる人には違うものが見えているかもしれないけど、なにしろ私は短期留学生なので。
「アメリカ人って優しい!」「英語なんて簡単!」と同じような、無邪気な感想だと思ってご容赦ください。

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