4周年

KEC創立記念日。
コーチングの事業を始めて、今日で4年。

平田オリザ氏は5年かけて「発見」を「方法論」にし、『現代口語演劇』を生み出したそうだ。
そこからさらに5年は、批判と誤解と無理解の日々。
その頃の態度がすごい。

私はこの劇評を読んで、「あぁ、本当に世間は、私たちが発見した事柄の核心は、理解できないのだな」と考えた。若かった私たちは、そのことを比較的ポジティブに考えた。これほど理解されないということは、それほど大した発見なのだろうと。
(『わかりあえないことから』 p.58)

先日、師匠からある本にまつわる話を聞いた。
今では彼の代表作とも言えるその本は、レビューの段階では多数決で「不採用」。
理由は「今までの理論と違いすぎる」。
それを担当者が鶴の一声で出版にこぎつけたのだそうだ。
出版後も認められるまで時間はかかったが師匠は気にも留めず、世間が認め始めた頃には「それ見たことか」と思ったと言う。

そういう人なので、私が研究のことで、「私のやっていることは、何から何までとにかく前例がなく、Traditional じゃないこと尽くめなので、本当にこれでいいんだろうか、とつい不安になります」などと言おうものなら、「他の人がやったことをやってどうする」と一蹴される。

事業を始めて、今日で4年。
私には平田氏や師匠のような自信はない。
「たぶんこれで合ってると思うんですけど、どうでしょう?」という感じで、おずおずと提示して、誰かが足を止めてくれるのを待っている。
だから認知度は低く、だから波も風も立っていない。
そしてたまたま、カンが良く、好奇心があり、リスクを取れるタイプの方がふらりと立ち寄ってくださって、それが何となく連なっているおかげで、今日まで細々と続けてこられた。
今のところは、そんな感じ。

ただ、そんなカンの良い人たちでも、理解はできていない。
だから、やってみて初めて「あぁぁ、そういうことだったんですか」となる。
3-4ヶ月、「そういうことだったんですか」を積み重ねて、修了する頃にようやくある程度理解できるようになる。
フタを開ける機会と勇気を持たない“世間”に、あるいは従来の英語教育にどっぷり浸かった“世間”に、即座に簡単に答えを手に入れたい“世間”に、中身を理解してもらうなんて程遠いなぁと思う。

当分はカンの良い人だけを対象に、草の根運動で確実に伝えていくやり方でいいと思うけど、理解した人にはきっといいことがあるはずだし、理解する人が増えると社会のお役に立つとは思うので、今後はもうちょっと頑張らないといけない。
私のやっていることに、“世間”は現在無関心または無理解。
それはそれで歯がゆい場面もあるが、この後、ひょっとしたら拒絶反応や批判や非難の時代が来て、「あの頃は知られてないぶん静かでよかった」と思うのかもしれない。

まだ4年。
どうなることやら。
とりあえず、10年は育ててみようと思っている。
気が長くてよかった。

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