多欲

欲の多い人について手短に考える。

世の中に忙しい人はいくらでもいるが、忙しい人の中には、そう忙しくしなくてもいいのに、忙しくしたくてしょうがない人がいる。

やりたいことがたくさんあって、活動的で、顔が広くて、興味が多岐にわたり、フットワークが軽く、マメで、頼まれごとをよく引き受ける。
どの要素を取っても、世間的には「良い」とされていて、良い以上は誰も止めない。

私は世間的に「良い」とされているものを訝しむ傾向がある。
やることやって、その結果忙しいならともかく、忙しいことを好み、始終チャカチャカしていることが良いわけないじゃん、と思う。

やたらに動いて忙しい人というのは、たぶん欲が非常に多い。
多すぎる自分の欲に翻弄されている。

欲というのは恐ろしいもの。
欲を持ちすぎていることは自分でも居心地が悪いので、「やりたいこと」を「やらねばならぬ」に変え、「やりたくないこと」を「できない」や「無理」に変えて、とりあえず当座のバランスを保とうとする。

欲が多い人のやっていることは、たいていやってもやらなくてもいいことで、やらなくてもいいことを、わざわざやって忙しくする理由は、本当はやらなきゃいけないけどやりたくない何かを抱えていて、そこから逃げようとしているから。
つまり、すべての原動力は「逃げたい」という欲。
この欲によって、意思決定がなされ、行動が支配される。

大事なことを後回しにして、後回しにするために自分を忙しくして、忙しいからできない、というシステムを作り上げる。
すると、どうでもいいことを数多くやらざるを得ない。
重要なことをやらずにやり過ごすための免罪符として「忙しい」が手放せない。

しかし、どんなに誤魔化しても、本来やるべき重要事項から完全に解放されることはない。
重要事項は常に頭の片隅にあり、心をざわつかせる。
「そのうち、時間ができたら」とかなんとか言って強引に抑え込むが、やっぱり落ち着かない。
落ち着かないから、体を動かす。
忙しくして、現実を直視するための時間を排除する。

多すぎる欲が問題なら減らせばいいのにと思うが、このタイプの人たちは欲を減らすことをひどく怖がる。
彼らにとって、欲が減ることは老いや衰えに直結し、体の動きを止めることは、ほとんど死を意味する。

そして彼らは頼まれごとを断ることができない。
他の人に仕事を任せることができない。
不安や愛情飢餓、不信や孤独感の気配がある。

ほらね。
「良い」わけないじゃん。

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