アドリブ欲

アドリブを嗜好、追求、要求すること、について。

アドリブ-よく【アドリブ欲】
①予定や台本にないことを即興でやりたいと思う欲望。
②即興や突発的な逸脱をほしがりもとめること。

…なーんてね。
検索にさえ引っかかってこない言葉が辞書に載ってるわけがない。

でも、名前がないだけで、こういう欲求って誰にでもあると思う。

私はアドリブ欲が強い。
リハーサルやお決まりのメニュー、予定調和が苦手で、ライブ感、ハプニング、行き当たりばったりを好む。
お笑いならガチの大喜利やフリートークでの瞬発力、アナウンスなら実況の技術に憧れる。

教室で行う授業を楽しめるのも、授業に付き物の意外な展開が、私のアドリブ欲を満たしてくれるからだろう。
対照的に、録画済みのレクチャーを再生するようなタイプの安全第一の授業はつまらない。

セミナー型のクラスで行うディスカッションや、研究発表の後の質疑応答などもそう。
どんなに綿密に準備していても、生身の人間を相手にすれば、予想だにしなかったことが起きる。
コーチングに魅力を感じている理由もそれだろう。
一人ひとりが違い、セッションの一つ一つが新しく、その場限りの二度とない出来事。
先入観を持たず、毎回まっさらな状態で臨み、その場の流れから本筋をつかんで展開していく。
コーチ研修でアドリブをゴリゴリやらされて、ますますおもしろくなってきた。

もちろん先が見えないのは不安だし、緊張もする。
結果が100点満点になることはあり得ない。
後で「あぁ、あの時こう言えばよかった」「あそこでこれが言えてたら、もっとよかったのに」など、反省することだらけ。
大失敗して凹みに凹むこともある。
それでも、予定したことだけを無難にこなしていては、私のアドリブ欲は満たされず、欲求不満になってしまう。

マニュアル化が進み、グローバル化が進み、みんなが合格点を安定供給できるような社会では、アドリブ性の高い仕事を好んで選ぶ人は少ないかもしれない。
習ったとおり、前例や慣習のとおりに、右へ倣えでみんなと同じことをやっていれば、失敗することも叱られることも最小に留められる。
出る杭は打たれるし、わかっていてそれをやるのは損。
賢く、安全で、穏便な道を進むのが、合理的で効率的で、もっとも良い。

まぁ、そうなんだろうね。
それを「つまんない」などと言って、わざわざ傷つく可能性の高いことを選んで行う私は、バカで非合理で非効率、イマドキの賢い社会においては不適合なのかもしれない。

合格点ギリギリの70点ぐらいを狙う教育において、アドリブは要らないどころか、むしろ危険な要素でさえある。
アドリブによって授業が成り立たなくなると困る。
アドリブを好まないセンセイは、画一的な教育を好み、画一的な教育はアドリブ力を養う機会を奪う。
アドリブには恐ろしい失敗の可能性がつきまとい、失敗をすればものすごい責任を負わされ、世間に叩かれ、再起不能になると、じっくり教えこむ。
そうして、アドリブ欲を捨て、誰かが決めたことに黙って従っている方がラクだと教える。

そういう環境で育つと、人は実際にアドリブ欲を喪失して、“予定どおり”を淡々と受け入れ、それに満足できるようになってもよさそうなものだが、どうやらそうはいかないらしい。
現代社会において、人々のアドリブ欲、特に語釈②のほうは、むしろ高まっているんじゃないかと思う。

どこへ行っても、同じようなモノやサービスが手に入り、最低限の要求が当たり前にもれなく満たされるようになると、“マニュアル人間”は否定的な意味でしか使われなくなる。
「このくらい、アドリブで対応できないのか!」と腹が立つ。
逆に、マニュアルにない、なにか特別な対応を即興でしてもらうと、アドリブ欲が満たされて、うれしくなる。

予定どおりはつまんないんだよ。
本当はみんなそのことに気づいている。
自分の頭で考え、自分なりの方法で、自分だけの道を拓き、時代の変化や社会の要請をその場その場で察知して、臨機応変に、柔軟に対応していくことができたら、そっちの方がおもしろいことは、みんなわかっている。

でも、怖くて最初の一歩が踏み出せない。
「アドリブは危険」と教わってきたし、失敗した後の立ち直り方を習ってないからね。

そういうジレンマを抱えた人の中には、欲望のインフレーション(参照)の波に呑まれ、いつか巡ってくる人生の一発逆転を夢見て、「自分らしさ」を追い求めることから脱却できない人たちがいる。
アドリブ欲という観点からすると、彼らはアドリブの欲求不満状態。
リスクを恐れ、アドリブ行動がとれないため、自分のアドリブ欲を満たすことができず、かといって抑えることもできず、旺盛なアドリブ欲を持て余して悶々としているのだろう。
気の毒なことだ。

教育はアドリブを歓迎し、学習者のアドリブ欲を刺激し、アドリブを促進する仕掛けをしておかなければならない。
学習者が思い切ってアドリブ行動に出られる場を整え、他者のアドリブに素早く反応できるアドリブ能力をつけさせる。
それが学習者の個性を生かすことであり、リスクを取る練習をさせ、失敗から学び、さらなる成長を促すことにもなる。
どこまでの逸脱が許され、どこからは許されないか、その線引きがあると気づかせることにもなる。
アドリブ欲が満たされると、学習者の学習意欲は高まり、長期的な向上心、自発的に行動する力を養うことにつながっていく。

刻々と変わりゆく世の中。
先なんて読めなくて当たり前。
自分のアドリブ欲を満たし、他人のアドリブ要求に応えられる力をつけて、健やかで楽しくいきましょうよ。

「アドリブ欲」への2件のフィードバック

  1. アドリブの醍醐味は、時々自分でも信じられないほどの出来になったりすることですね。神が降りて来ちゃうんです (^o^)

  2. そういうのがたまに起きるから、やめられないんですよね。

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