Milestone

すでに知っていることが、整理整頓されていく気持ち良さについて。

コーチング研修、2週目が始まった。
コーチングを始めて3年半。
読んだり聞いたりしたことがベースとはいえ、実際には日々の試行錯誤の結果が、私のコーチングスタイルをつくっている。
ほとんど自己流。

そこへ、授業で指定されている本や論文、マニュアルなど、読み物から脳科学や心理学の知識を入れ、コーチ歴もコーチ教育歴も長いベテランの指導のもと、目標が近いところにある仲間たちと議論しながら、理解を深めていく。
ためにならないわけがない。

クラスメートの中には、Teaching にどっぷり浸かっていることを自覚し、そこからCoaching へ転換していくことを目指している人が何人かいる。
この人たちにとって、ここで得る情報はすべて新しく、目からウロコ、発見と戸惑いの連続といった様子。

私のように、すでにコーチングの経験がある人にとっては新しいことはさほどないけれど、「そう言われてみれば確かにそう」と、経験からなんとなく感じていたことがはっきり見えるようになったり、「なるほど、だからああなっていたのか」と、理由や意味、カラクリがわかる、というタイプの発見が多い。

経験上ある程度知っていたことを、改めて教わる。
ぼんやり知っていたことが、論理的な説明によって明確になる。
たとえるなら、それは部屋中に散らかっていた本を、本棚にきっちり収めるような作業。
このことを、私はこれまでにもたびたび経験している。

たとえば英語を教え始めた頃。
ちびっこ相手に英語の音を教えるために、改めて、発音するときの舌の位置(調音点)を確認し、「あぁそうか、だからこの音が出るのか」と“発見”した。
中学生相手に文法を教えていたときもそう。
当然、それ以前に英語はある程度できていたのだが、発音も文法も、自己流の占める割合が大きくなっていた。
そこへ、いわば『型』を初めて教わって、それまでなんとなく適当に使っていた私の英語が整頓されたのだ。
フォニックスと中学3年分の文法を一通りやったら、本棚に全集がぴったり収まり、1巻から順にきれいに並んだような感じがした。

アメリカの大学院に入って英語教育を勉強しはじめた頃もそう。
論文を読めば、自分のやってきた授業や生徒とすぐリンクした。
「そうそう」「あるある」「わかるわかる」とうなづくことばかり。
クラスメートのSさんが、「研究者って、もっとすごいことを考えているのかと思ったら、みんな言ってることは当ったり前のことばっかりよね」と言っていたのを思い出す。

そう、研究ってそんなもの。
そういう意味では拍子抜けするかもしれない。
理論というのは、それ自体は決して奇異なものではなく、むしろ一般の人たちが「そりゃそうだ」と思うごく当たり前のことを、正式に、堅苦しく、異常なほど詳細に言っているだけなのだ。
だから中身は意外と普通のもの。
でも、その「正式に言う」ということが、実はできそうでできない。
だから当たり前のことを正式に言える人は偉大で、それが達成されたということは、世界が変わるほどの一大事なのだ。

万有引力の法則が“発見”されるずっと前、アリストテレスよりももっと前から、「重いものは速く落ちる」ということはみんな知っていた。
理論として確立し、改めて説明されたとき、「当ったり前じゃん」「何をいまさら」と思う人もいるが、私は知っていたことの背景となる理論に出会うのが大好きで、そのカラクリの美しさに感動してしまうのだ。

コーチングも同じ。
会話の運び方、聞き方、話し方、それがもたらす効果、人がやる気を出したり失ったりするときの感情や考え方の変化。
どれもこれも、見覚えがある。
今回コースを受講したおかげで、それを正式に説明してもらう機会を得た。
記憶の中から呼び起こされた実例が、『型』に吸い込まれるように、すぽん、すぽんとはまっていく。
この感覚、最高。

この受講は私にとって、また新たなマイルストーンになる。
そういう予感がする。

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