近所づきあい

近所づきあいとリーダー役と支援活動のこと。

私は近所づきあいが苦手。
人間嫌いじゃないんだけど、近所づきあいは苦手。
近所づきあいをほとんど必要としない地域で生まれ育ったせいだろうと思う。
うちは自営業などでもなかったので、近所づきあいの大切さを教わる機会もなかった。

たとえばお祭りというものは、子どもを楽しませるために大人が人工的に用意したイベントであって、大人は準備と付き添いをする係だと思っていた。
子どもにしたって、参加は本人の自由意志によることなので、行きたければ行けばいいけど、行きたくなければ別に行かなくてもいい。
私にとってお祭りとはそういうものだった。

お祭りといえば、地域をあげて、莫大な時間と労力とお金をかけて、たまには命もかけて、仕事を休んででも参加するもの、とか、そこに住んでいる以上は、参加しないなんて選択肢はない、とか、私とまったく違う定義を持っている人がいると知ったのは、成人してだいぶ経ってからのことだ。
カルチャーショックを受けた。

私の地元では近所づきあいは最小限に留め、「そういうのは、まぁ、あんまり、いいんじゃない?」とお茶を濁す、という文化がある。
少なくとも私の家族はそう解釈している。
近所の人に確かめたわけじゃないから、本当のところはわからないけど。
家と家の物理的な距離はすごく近いが、住民同士の心理的な距離はすごく遠い。
回覧板の制度はあるけど、インターホンで対応し、あとでポストに入っているのを取り出して、見て、次の家のポストへ入れていれば、住民同士が会うことはない。
私がアメリカに住んでいることも、近所の人たちは知らないだろう。
たまに帰ってくるなぁぐらいには思っている人もいるかもしれないけど、だからといって詮索されない。
他の地域の人は冷たいと思うのかもしれないが、それが快適だと思う人が集まっているんだから、まぁいいじゃないの。

私は目立つことも苦手。
子どもの頃から一貫して注目されることを極力排除してきた。
たまにうっかり望まない役目に抜擢されることはあったが、その場合は二度と同じ“失敗”をしないように気をつけ、選ばれないよう工夫をし、上手に逃げる努力を重ねてきた。

2011年3月。
苦手だなんて言っていられないことが起きた。
近所の人たちに声をかけて支援団体を立ち上げ、発起人として企画や手続き、イベントの開催を行った。
多くの人に協力を頼み、交渉し、宣伝をして、短期間で知り合いがものすごく増えた。
それまで私が全力で避け続けてきた、近所づきあいとリーダー役を一度に経験した。

この荒療治で、食わず嫌いが解消されて、私は近所づきあいもリーダーもできる人になるのかなと思った。
実際、支援活動に関わっている間はうまくやれていたと思う。

でも、ダメだった。
あれは非常事態の、火事場の馬鹿力だった。

今回、帰国中に生まれたアイディアから新たな支援イベントを企画し、いくつか動いて試してみたのだが、この地域での実現は難しそうだと判断した。
マンハッタンのように日常的に“ジャパン”に触れることがある所ではなく、アメリカ純度の高いこの地域で日本の現状を知ってもらうイベントを行うことにこそ、教育的、国際的意義があると考えていたので、断念するのは残念ではあるのだが、一方で、自分がちょっとホッとしていることに気づいた。
私はもう一生分の近所づきあいとリーダー役を使い果たしたのだと思う。

非常事態ではなくても、一大事であることには変わりがない。
支援は続けていきたい。
続けていくためには、私の性格に合った方法をとらなくてはならない。
近所じゃなく、離れた場所で。
リーダーじゃなく、裏方で。

新しい道が開けそうな気がする。

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