積極的

「もっと積極的な方かと思ってました」と言われた。

まぁね。
アメリカ、高学歴、英語教育など、“積極的”っぽい要素がいくつもあるもんね。

私としては好きでこうなったんじゃないし、反論したくなる場面もなくはないけど、他人のイメージを力ずくで変えようとするほど“積極的”じゃないので、たいていの場合はそのままにしてある。

誤解は誤解のまま。
そもそも誤解だなんて思っていることが本人の誤解という可能性もあるので、強くは出られない。

アメリカで出会う日本人の中には、いわゆる絵に描いたようなアメリカの日本人も確かにいて、この人たちが“積極的”に代表されるイメージを牽引しているんだろうなぁと思う。

一方で、私のように特に自分の希望も主張もなく、ひっそり生きていくことを望んでいる人も確かにいるのだけど、多数の人がすでに抱いている“積極的”のイメージを覆すほどのパワーもなければ、そうしようとする意思もない。
なにしろ“積極的”じゃないので、「違うんだけど、まぁそう思われがちだよね」と思うに留めている。

“積極的”な人はきっとアメリカに来る前からそうなんだし、そうじゃない人は、アメリカに来たってそうじゃないんだよ。
人は変わらないから。
と思うんだけど、“積極的”には言わない。

イメージは自由だからいいとして、困るのは、イメージどおりであってほしいと期待されること。

たとえばアメリカに憧れて、留学を目指している人や、英語ペラペラになりたい人たちの中には、それを成し遂げたらキラキラ輝く自分になる予定の人がいる。
そういう人たちは、向こう岸から「さぁ、いらっしゃい!」と、“積極的”に引っぱってもらうことを期待している。
「いやー、来ても来なくても、変わんないっすよ」なんて、やる気を削ぐようなセリフを吐かれるとは思っていないし、そんなの聞きたくもない。
期待を裏切られてガッカリする人もいる。

また、たとえば、「女性の地位向上!」的な目標を持って頑張っている人の中には、アメリカへ単身で渡って勉強し、仕事をしているというだけで思想を同じくする仲間と決めてかかる人がいる。
で、「やっぱりそうですよね!」と来られる。
「いやー、私はどちらかというと男尊女卑支持でして」なんて、まさかの正反対意見を持ち出されるとは思っていないし、そんなの聞きたくもない。
期待を裏切られてカッとなる人もいる。

知らんがな、と思うけど、ガッカリやカッとさせてしまうのも気分の良いものじゃないので、ここ数年はバサッと否定せず、期待に応えられない旨をやんわりお伝えするように努めている。
努めてはいるのだが、まだあまりうまくできない。
いっそ“積極的”な英語教育推進者やフェミニストや、アメリカ教の信者に転身してしまおうかと思うけど、そんなことができるはずもない。

アメリカ暮らしも高学歴も、隠していい場では隠すけど、そうはいかないことも多くなってきた。
誤解されつつ、期待もされつつ、裏切りつつ。
迎合することもできないまま。

しょうがない。あきらめよう。
持病と思ってつきあっていくより他にない。

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