世話好き・世話嫌い

世話嫌いの人、主に世話を受けるのが下手、苦手な人のこと。

私は世話好きである。
教育みたいな分野を好んでやっているような人にはある程度必須の素質だろうと思う。

しかし世の中には世話が嫌いな人もいる。
その人が他人や他の動植物の世話をしたがらないのはまったくの自由だが、困るのは世話好きの私と相性が悪いこと。

世話をするのが嫌いな人の中には、世話されるのも嫌いな人がいる。
一方的に世話されていると思うと居た堪れないのか、お返しをしなければならないプレッシャーに苛まれるのか、罪悪感なのか、あるいは、世話がエスカレートして困った経験があり、同じ失敗を繰り返さないよう気をつけているのか、なんだか知らないが、誰かの世話になることを嫌がる。

ひどい場合は世話の類を一切拒絶する。
たとえば、駅までぐらいの近距離のライドとか、「どうしてる?」など各種の声かけとか。
そんな些細なことでも、強く遠慮したり過度に申し訳ながったり、極端に嫌がったりする人がいる。

世話好きは好きでしてるので、ただ受け取ってればいいのにね。
ま、過干渉もおせっかいも、上手に対応するスキルがなければ、全部まとめてシャットアウトという方策を採るより他にないのかもね。

私は世話好きといっても中途半端なので、そういう人にまで世話を焼こうとは思わない。
子どもなら容赦なく世話を焼きまくるけど、いい年した大人相手にはできない。
とはいえ、会ったり話を聞いたりすれば、つい世話を思いつく。
で、そのたびグッと堪えて無関心を装い、世話を呑みこむ。
しんどい。

だから世話嫌いの人とは自然と疎遠になる。
関わらなければ、お互いストレスを与え合わずに済む。
「放っといて」と言うんだから、放っとく。
それは相手の真の望みではないことが多いので、本当はこちらがもう一段オトナにならなきゃいけないんだろうけど、私はまだまだ未熟なので、ごめんなさい。

一方で、世話され上手もいる。
誘えば気軽に遊びに来てくれて、ごはんを作ればパクパク食べてくれて、何かあれば頼りにしてくれて、心配すればそのことを喜んでくれる。
そういう人は世話好きと相性が良い。
世話好きに世話をさせてくれるんだからね。

自分の身の周りのモノや人との関係に新陳代謝は欠かせない。
今の私と相性の良いモノや人を大事にして、そうでないものを手放す。
人間の好みやものの見方は変化するので、私もいつか世話嫌いと相性が良くなる日が来るかもしれないが、今のところは、ちょっとね。

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