Review

字幕翻訳のReview(校正)について。

TED(参照)で字幕翻訳のボランティアを始めてもうすぐ半年。
よい気分転換と日本語の訓練になっている。

もともとはTEDの講演そのものに感動し、ぜひこれを日本語でも見てもらえるようにお手伝いしたいと思ったのがきっかけ。
それは今も変わらないので、翻訳する講演は自分の好みだけでなく、「日本の人に見てもらいたい」を基準に選んでいる。

日本語の翻訳チームは人手不足。
特に校正をする人が少なく、せっかく翻訳が上がっていても、校正待ちの状態で滞っているものがたくさんある。
何年も眠っている作品も。
もったいない。
新人はまず翻訳でデビューするしかないだろうし、そうしたほうがいいので仕方ないとしても、経験者はもっと積極的に校正をしたらいいのにと思う。
校正は翻訳に比べると地味だからかしら。
新品好きの日本文化の影響かしら。

それで私は2本目以降、“校正職人”になった。
翻訳チームで推奨されているGoogle Docsのスプレッドシートを使い、訳の意味はもちろん、字数やタイミング、書式などを修正する。
ひと口に校正と言っても、数箇所手直しするだけのものもあれば、イチから全部翻訳し直すものもある。
どれだけ翻訳者の言葉を残すか、そのあたりの加減も難しい。

いくつかやってみると、この校正という仕事は、英語教育やコーチをやっている私に打ってつけだという気がしてきた。

翻訳者と校正者ではコミュニケーションする相手が異なる。
翻訳者がビデオと向かい合い、講演者の言葉を訳すのに対し、校正者は翻訳者と対話をする。
相手は立派な肩書きを持つ講演のベテランではなく、日本人で英語を第二言語として使う人たち。
中には英語学習者も多い。
つまり、翻訳を通して現れる彼らの英語力にはバラつきがあり、それは前述のような校正を必要とする量に反映される。
英語の上級者であれば解釈は正確で、講演者の口調や雰囲気まで配慮して訳すことができるが、そこまで至らないケースが多い。
学習段階によっては辞書や機械翻訳のレベルで提出することになる。
そうせざるを得ないのだろう。
冒頭は懸命にがんばったけど、中盤で力尽きた、という場合もある。
語彙や文法の力が足りず、誤訳につながっていることもある。

私は校正者として、最終的には公開後の視聴者のために、正確で的確な訳を提供したいという思いとは別に、翻訳者/学習者が字幕翻訳という難度の高いタスクに挑み、持てる力を最大に発揮して翻訳に取り組んでいるという“現場”で、コーチとしてできることはないかと考える。
それぞれの翻訳者の英語レベル、日本語レベルを汲み、どんな校正をしてどんな訳を示すと効果的か、考える。
何度もやり取りできるわけではないので、伝え方も考える。
これが結構おもしろい。

先月組んだ翻訳者は、初めての翻訳で右往左往していても、解釈が正確で英語力は相当高いようだった。
表現などを手直しして返すと、案の定すいすいとコツを掴んでいった。
フィードバックに対し、何度も「勉強になります」と言ってくれた。
その後、第2作に取り組んでいると知り、うれしくなった。

昨日、ある人からメールが届いた。
つい最近公開された作品の翻訳を担当した人だ。
なかなかタフな校正が必要な内容だったのだが、それ以上に、翻訳者と連絡が取れず、手を焼いたものだった。
音沙汰がないので、管理者と相談して、結局翻訳者不在のまま、手続きが進み、作品は公開された。

私が校正を仕上げて最初の連絡を試みてから約3ヶ月。
翻訳者として自分の名前の付いた作品をどこかで見たらしい。
そしてこちらからの連絡が“未読”のまま放置されていたことにも気づいたようだ。
で、「ご迷惑をおかけしました」「ご負担をおかけして」「本当に申し訳ありません」「非常に反省しております」等々、丁寧な謝罪メールを送ってこられた、というわけ。

私の独断で大幅に修正してしまったので、「気に入っていただけてよかった」と返すと、すぐにまたお返事が来た。
「校正していただいたビデオを見直して勉強し直しています」「個人的に苦悩した文章があったのですが、素晴らしく直していただき、感激しました」「今後また機会があれば、ご一緒にお仕事できることを楽しみにしております」。
英語学習という意味でも翻訳という意味でも、やる気になるきっかけになったようだ。
そのことで、今度は私がやる気になる。

本当に私はこういうことが好きなんだよなぁ。
つくづく、そう思う。

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