ゆとり

いまどきの若い人たちのこと。

ゆとり教育のせいで『ゆとり世代』と呼ばれることもあるけど、実は他のどの世代より、ゆとりと縁遠い世代だろう。
この世代の人は、本当に大変だと思う。
しがらみやプレッシャーで、上からも下からも横からも、ぎゅうぎゅう押されて、動けなくなっているように見える。

大人たちが行ったいろんな“実験”に翻弄され、いろんなことがゆらゆら、いつも安定しない状態だった。
頼みもしないのに、そんなタイミングで生まれ、選びもしないのに、そんな時代に育った。
どこへ向かっているのか誰も知らないまま、生活のスピードが上がり、情報化が進み、精度が増し、お金はなくなり、世の中はどんどん窮屈になってきた。

「言われたようにやっていればいい」と教わってきたのに、このごろ急に「言われたことしかできないのか」とか、「そんなことも知らないのか」とか言われるようになった。
意味わかんないし。
褒められて伸びるタイプなんだから、叱らないでくれる?
偉そうに言ってくるけど、アンタにそんな権利あんの?

だいたい、「いのべーしょん」とか、何?って感じ。
「時代は変化している」とか「もっと新しく」とか言うけど、こっちは今来たばっかりなんだよ。
やってやるから、お手本とか具体例を出してよ。

大人たちは自分たちの失敗の尻拭いもせず、借金を残してトンズラ。
成功体験って、ただの自慢話でしょ?
昔話なんて、どうせ読んでも聞いても参考にならない。
細かな分析や緻密な計算ばかりが発達したおかげで、パンドラの箱が開いたはいいが、散らかっただけ。
まだ問題の解決法は見つからないし、未来への展望もない。
超ウケるんですけど。

戦争や貧困など、わかりやすい敵もなければ、好景気の華やかさなど、わかりやすい味方もないから、同世代を団結させる原動力になるものがない。
感受性が豊かで、気持ちは繊細で優しいのだけど、その良さを生かす強さがない。
このままじゃいけないような気はするけど、「ねぇ、ちゃんとやろうよ」と言う勇気はない。
同世代につぶされて、孤立するのは怖い。
抜け駆けは許されない。
みんなで仲良く、ずっと一緒にいようね。

ところが監視の目を盗んで上の世代と結託し、同世代に相談もなく、ある日突然「じゃ」と去っていくヤツが出てきた。
いったん抜け出した者は、乾いたスポンジが水を吸い込むように、ぐんぐん力をつけて、フィールドを広げ、人脈を築き、アイディアを膨らませて、自由に羽ばたいていく。
マジかよ。

大人たちはこれを『二極化』だとか『格差』だとか名付け、いつの間にか“成功例・失敗例”の資料を集めて、次の世代の教育を変えようとしている。
「友達のいない勉強だけできるヤツ」も「勉強しないヤツ」も、「似たもの同士でダンゴ状態になって安心してるヤツ」も、「かわいげのないヤツ」も「劣等感に苛まれてるヤツ」も、今後はもう作らないように気をつけるらしい。

なんだよ、今さら。
無責任じゃないか。
どうしてくれるんだよ。

何もかもが右肩下がりになる世の中で、一発逆転を夢見ながら、中年に差しかかる頃には、“新しい教育”を受けた下の世代が社会に出てくる。
知識も知恵も技術も、世渡りも度胸もチームワークも、柔軟性も向上心も、かわいがられる人柄もエネルギーも、全部持ち合わせた若い世代が台頭してくる。
上の世代と下の世代が楽しそうに話をする日が来る。
「いやぁ今の若い人たちは頼もしいなぁ」。
「こういう人材をずっと待っていたんだよ」。
どういう意味だよ?

いろいろな悪化は底を打ち、下の世代の牽引で新しいものが次々と生まれ、社会は活発に動き出す。
上の世代が言っていた「明るさ」とはこういうことだったのか。
初めて見たよ。
なんであいつらは見たこともないものを作れるんだ。

若いヤツらがキラキラ輝く笑顔でこう言う。
「お疲れさまでした。皆さんの経験が教訓になりました。皆さんのおかげです。ありがとうございます。」
まぶしい。

現在、若者と呼ばれている人たち。
君たちのことを本当に気の毒に思う。
どうしてあげたらいいのか、私にはわからない。

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