師匠の部屋

師匠とのミーティング。
少し早めに行ってオフィスの前で待つ。

約束の時間になり、せっかちな師匠の足音。
声をかけられて顔を上げる。
私が読んでいたものをバッグに入れ、コートを持って立ち上がる頃には、師匠はオフィスのドアを開け、奥の椅子にどっかり座っている。
ここまでほぼ無言。
で、いきなり本題に入る。
“Hi, How are you?”のアメリカ的挨拶の類を嫌う師匠のいつものパターン。

が。
今日はオフィスの中から、「おわ。なんだこれは!」という師匠の声がする。
その後も何かごちゃごちゃ言っている。

ドアから中を覗くと、部屋ががらんとしている。
えぇぇ。
どどどどうしちゃったんですか?

師匠の部屋は本や書類や箱や文具や、誰かのお土産や、カップや写真や、その他いろんなモノが常に散乱している。
とにかくいつでもとっ散らかっている。
以前、私がオフィスを共有させてもらっていたときには、何度も片付けたい衝動に駆られたが、勝手にそんなことをしたら激怒されるに決まっているので、ぐっと我慢したものだった。

ところが今日は様子がぜんぜん違う。
一瞬、空き巣に入られたのかと思ったが、すぐにそうではないと気づく。
普段の方がよっぽど空き巣後状態だし。

書類だらけだったミーティングスペースのテーブルの上には何も載っていないし、本が芸術的に積み上げられていた本棚は整然としている。
奥の机も棚も、そうそう、本当はこういう形だったのよね。
このオフィスの中で、モノの輪郭がこうもはっきり見えたのは、ここ7年で初めてだ。

私が「何があったんですか?」と言うのも聞かず、興奮状態の師匠は「Aを呼んでこよう」とか言って、隣のA教授のオフィスへ飛んでいった。
急に連れてこられたA教授はいつもの穏やかな笑顔。
私と”Hi, How are you?”的挨拶を交わし、師匠の部屋を覗き、「おぉ、これはすごい」と驚かれた。

師匠によると、このたび初めてオフィスの整理整頓を頼んだらしい。
あら、散らかってるの、気にしてたんだ。
中国人のサービスで、料金も安かったので、「まさかここまでやってくれるとは!」と感動した、というわけ。

師匠の部屋はモノだらけと思っていたが、こうして見ると案外モノは少ないのね。

師匠はしばらく「これはすごい、素晴らしい、すごいな」と、部屋のあちこちを見て回っていた。
よかったですねぇ。
が、まもなく、「…しかし、落ち着かんな」と言い出した。
「他人の部屋にいるみたいだ」と。

「私の部屋は他の人には散らかっているように見えるだろうが、いや実際散らかっていたんだけれど、他の人にはわからなくても、どこに何があるか、私はすべて完璧に把握していたからな。こうきれいに並べられたりすると、いやもちろん使いやすいのだが、見にくいというか、いや見やすいんだけど、探しにくいというか」。

次のミーティングは来月。
その頃にはかなり元通りになっちゃってるんだろうなぁ。

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