岐路-2

『岐路』、その2。
岐路を前にして迷う人編。

転機が訪れたとき、多くの人は自分の目の前に二手に分かれた道を見る。
『岐路』に立つのである。
そして、岐路に立つ人の中には迷って動けなくなる人と、迷わず進む人とがいる。
今日は迷う人のことを考えてみよう。

迷う人は、日頃から、自分が道を歩いている、前に進んでいるという概念自体を持たず、今どこにいて、どこへ向かっているかなどを自覚していないか、意識的に考えないようにする癖がついていることが多い。
そこへ突然、何の前触れもなく道がどーんと出現し、いきなり選ぶことを強いられるわけだから、彼らにとって『岐路』は非常に大きなストレスとなる。

青天の霹靂級の驚きと、時限爆弾処理級の焦りとで、慌てる。
どうしようどうしよう。
どっちにするか決めなくちゃ、決めなくちゃと思っているうちに、時間がどんどん過ぎていく。

私が最近よく見かける立ち止まっている人たちは、まさにこういう状態にあるのだろう。
「理由もなく」立ち止まっているのかと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。
失礼しました。

ストレス満載の不安定な状況から抜け出すために、「迷い型」は以下の2つの方法のいずれかをとる。

2. 岐路アリ・迷い型A:「取り消し」

迷い型のうち、ひとつめは「取り消し」を選ぶタイプ。
白紙に戻すとか、リセットするとか、そんな感じ。
選択を迫られ、パニック状態になり、限界を超えて思考停止に陥ると、チャンスとか進路とか、そんなことはどうでもよくなってしまう。
それより、とにかく今のストレスから逃れたい。
その一心で自ら『岐路』を丸ごと放棄する。

「幸運の女神に後ろ髪はない」とか、「未来への扉のこちら側にはノブが付いていない」とか聞く。
チャンスは来たときに捕まえなければ通り過ぎていき、捕まえそこなったチャンスは二度と戻ってこない。
それはわかっているんだけど、とりあえず今は無理。
決めなくちゃと思うと苦しくて耐えられない。
そこで、女神なり扉なりにお願いして、全面的にお引取りをいただくのだ。
「今回は結構です。帰ってください。」
「なかったことにしてください。」

すると希望どおりチャンスは去り、『岐路』は消える。
ほっとする。
これで道のことを考えたり、焦ったりせずに済む。
いつもの安全地帯の中の、平穏な日々が戻る。

3. 岐路アリ・迷い型B:「消去法」

迷い型のタイプBは、いわゆる“他力本願”(参照)で、誰かや何かの力によって選択の余地がなくなることを願う。
自分が決めなくても済むように工作を図る。

おそらくは、見る目(参照)がないために、目の前に分かれた2本の道が、まるでそっくりに見えるのだろう。
あっちもよさそうだけど、こっちもよさそう。
あっちも怖いけど、こっちも怖い。
決められないのは自分の決断力や意思の問題ではなく、まったく同じ価値のものが二つ並んでいるせいだ。
こんなの、誰にも決められっこない。
そこで、「もうちょっと様子を見て」などと言いながら、外的要因や不可抗力によって片方の道が塞がれるのを待つ。
実は塞がれるように、ちゃっかり誘引してるんだけどね。

思うように事が展開せず、待ちくたびれてくると、たとえば、女神に嫌われるようなことをわざとしたり、開いた扉が“自然に”閉じるように風を送ったりする。
自分で「決める」のではなく、何らかの作用で「決まる」よう仕向けるのだ。
やがて「なぜか女神がいなくなった」「いつの間にか扉が閉まった」など、都合の良い事情ができて、『岐路』のうち少なくとも一つ、場合によっては両方が消滅する。
そうすれば、「これしか残らなかったのだから仕方がない」と言って、それを受け入れるような形で一件落着に持っていける。

こうしてAもBも『岐路』のストレスからめでたく解放される。

しかし。
一度見てしまった『岐路』をなかったことにするのは難しい。
『岐路』で立ち止まっていた時間、迷った時間が長ければ長いほど、女神や扉のイメージは強く残り、選択を放棄したことが気になってくる。
「あの時、あっちに進んでいれば…」と後悔が芽生える。
それを払拭しようとして、「チャンスはまた来る」と自分に言い聞かせてみたりもするが、本当はそうではないことを知っている。
仮にまた来ても、また慌てて、また迷っちゃうからね。

というわけで、迷い型の人は過去に対する悔いや未練を長く抱えることになりやすい。
ぼんやりした、原因不明の不満に付きまとわれやすい。

しかし、日常は人生の目標や目的とは無縁の、比較的気楽な生活を送ることができる。
未来や行く先を深く考え、見通すことを免除されているとも言える。
今日が楽しければいい。
「けしからん!」と怒られることもあるかもしれないけど、人それぞれだから、いいじゃんね。

それに、決断や判断のできない人でも、ふらふらっと、いわばまぐれでアタリを引くこともないわけではない。
守ってくれる人や、代わりに決めてくれる人に救われることもある。
ラッキー。
運も実力のうちなので、そうなったら、ありがたくもらっておいたほうがいい。
「こんなの本物じゃない」と受け取り拒否をしたり、「本当はこんなはずじゃ…」と疑ったり後悔したりすると、せっかくのアタリをハズレにしてしまう。
迷い型の人は、たとえ決まる過程に満足できなくても、他力本願でも、「結果的にはアタリを引いた」と積極的に信じ、その後の成り行きを妥当なものとして謙虚に受け入れることが大事になってくる。

また、つづく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です