無理

無理をすること、について。

無理をすることが嫌われる風潮にあって、あまのじゃくな私は好んで無理をする。
無理のない生活なんて考えられない。

で、弁解。

私にはやりたくないことやできないことがたくさんある。
無理でもしなければ片づかない。
だから無理をする。

私は凹みやすい。
だからといって嘆き悲しんでいるわけにはいかない。
無理にでも笑い、元気を絞り出し、気持ちを切り替えなければ、心配してくれる人や応援してくれる人に申し訳ない。
だから無理をする。

私のいのち、私の時間は限られている。
今やっておかなければならないことは、やっておかなければならない。
後回しにはできない。
だから無理をする。

無理はするのが当たり前。
「無理しないで」と言われても、それは無理だよ。

乗り越えられなそうな課題を目前にすると、つい「大きすぎる」「困難すぎる」と課題のせいにしてしまいたくなるが、それは言い訳でしかない。
乗り越えられない本当の理由は自分が無理できないから。
フィジカルやメンタルの体力が十分にあれば、人は無理ができる。
愛する誰かのためになら、人は無理ができる。
無理ができればたいていのことは乗り越えられる。
“修行のカミサマ”はそこらへんをよくご存知なので、無理なくこなせる課題を決してお与えにならない。
無理ありき、無理込み。
じゃ、もう無理をするしかないでしょう。

無理をせず、いま持っている力だけでどうにかやり過ごす癖がつくと、知らないうちに力は衰える。
弱まったからといって負荷を軽くすれば、力はさらに弱まる。
無理をサボると無理ができなくなるのだ。
だから私は怖くて無理を手放すことができない。
右肩上がりに限りなく強くなり続ける必要はないけど、現状維持する程度には鍛えておきたいと思う。
そのためには日々のちょっとした無理が欠かせない。

というわけで投げ出したくなるような課題をしぶしぶ受け入れ、今日も無理やり無理をしようと思う。

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