気になる英語

言語オタクの日常には、気になる言葉があふれている。

このブログでも何度か書いているが、私は文字があるとつい全部読んでしまう。
そうでなければ、会話を文字に起こすなんて気の遠くなるような作業を好んでやることにはならなかったかもしれない。

歌を聴けばマメに歌詞をチェックする。
説明書や契約書などの読んだほうがいいものも、メニューや広告などの読まなくていいものも、隅々まできっちり読む。
本は読まないけど、読むものには事欠かない。

それだけ“読み物”に囲まれて生活していると、誤用や違和感の残る表現に当たりやすくなる。
私は正しさを重視しない方針なのでとやかく言うつもりはないし、むしろ「なるほど、そう来るか」と学ぶチャンスになるので、間違いがあること自体はかまわないのだが、だからといって無視するわけにもいかない。

イカツイお兄さんの腕に『祝』とか、セクシーお姉さんの腰に『万歳』なんてタトゥーがあれば、どうしたって二度見しちゃうでしょ?
それと同じように日本では、「むむ?」と釘付けになる英語によく出会う。

社名や商品名、パッケージなど業務上重要そうなものは、「うぅーん、言いたいことはわかるけど」系が多い。
世に出るまでにいくつか関所があるから校正はされているんだろうけど、でも、それだけに「惜しいけどヘン」になりやすい。
一方、Tシャツなどのプリントは意味がわかりそうでわからない、「えぇ?どういうこと?」系が多い。
プリントの意味と着ている人のキャラにギャップがありすぎて、絶対そんな主張じゃないでしょ、とツッコミたくなることも。
アメリカ人Cが初めて日本へ来て一緒に地下鉄に乗ったとき、若い女性が着ていたTシャツを凝視していたので、「胸を見てると勘違いされるからやめな」とあわてて注意したが、「むむ?」となったらつい読み込んでしまうその気持ちはわかる。

義援金バザーのために日本から運んできた作品のうち、英語がプリントされたものはなかなか売れていかなかった。
多くのお客さんが足を止め、じっくり読み、無言で去っていった。
日本人の作者にとっては“おしゃれな柄”でしかなくても、読める人にとっては「むむ?」なわけだよ。
なんといっても腕に『祝』、腰に『万歳』だもん。

デザインだからいいじゃん、雰囲気のものだからいいじゃん…って、そういうわけにはいかないんだよなぁ。

たとえば美しい風景写真のド真ん中に看板でも写りこんでいたら、どうしたってそれが真っ先に目に入っちゃうでしょう?
「これさえなければなぁ」「惜しいなぁ」と思ったりもするでしょう?
看板コミで「芸術だからいいじゃん」とは普通は受け入れにくい。
ましてその看板が“目がテン”になるような内容なら、「なんでここを選んで撮ったんだろう」「うっかり入っちゃったならフォトショップでもすればいいのに」と言いたくなっても無理はないでしょう?
さらに写真じゃなくて絵画だったら、「なぜわざわざ看板を描きこんだんだろう?」と考えちゃうでしょう?
たとえ「別に意味はないですよ、気にしないでください」と言われても、気にせずにはいられないでしょう?
そういうことだよ。

繰り返すが決して「正しい英語にしろ」と言ってるわけじゃない。
読めない人にはデザインでも、読める人には言語なのだから、素通りはできないんだよ、ということを知ってほしい。
読めないものを持ったり着たり使ったりするのは、意外とリスクが高いんだよ。
期待とは違う反応をされているかもよ。
カッコよくないかもよ。
むしろウケ狙いと思われてるかもよ。
それでもいいの?

…と、そういう親心的おせっかいなんだよね。

「気になる英語」への2件のフィードバック

  1. あはは、わかります。そういう天然でセンスのいい天才は貴重ですよね。

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