言語学習と国民心理

言語学習とその背景文化への興味について。

levinassien(内田樹)氏が、「日本人はなぜ英語ができないのか?」というのは『けっこう重要な国民心理の問題』としたうえで、こうツイートしていらっしゃる(参照)。

『日本人は外国語を学ぶとき、その背景文化に対してつよい「欲望」を感じる。というか欲望を感じないと外国語を学ぶことができないようになっている。』
だから日本人の多くは、『その国の文化に対する畏敬とか羨望とか関係なく外国語を学ぶこと』、つまり『ただの「ツール」として外国語を学ぶことができない』。

うううううーーーーーむ。
そうなのかなぁ。
だとするとこれはかなり厄介だぞ。

私はアメリカ英語を学んだり使ったりしているけど、その言語の背景文化、つまりアメリカの政治や歴史や地理や芸術などに興味を持ったことがない。
うっかりアメリカに住んだりしているので、放っておいても耳に入ってくる情報はあるけど、なにしろ興味がないのでほとんど聞き流している。

「欲望」「畏敬」「羨望」?
どれもこれも程遠い。
むしろ…、えーと、(言葉を選んで)「苦手」。
でも、しょうがないからやっている。
これが日本では理解されにくいというのだろうか。
そんなバカな。

「外国には興味ありません。でも英語をやってます。」
これを誤解されず、疑われず、驚かれず、感じ悪くならずに、スルッと伝えるというのは、私が考えている以上に難しいということかい?

イヤ、待てよ。
そういえば私がどんなに本気で「しぶしぶ」だとか「いやいや」アメリカにいると訴え続けても、信じてくれる人はちっとも増えない。
それは「欲望」「畏敬」「羨望」もなく外国語を学ぶということが、彼らにとってありえないことだからではないだろうか。
うひゃー、困ったね。

だから英語ができる日本人の中の、アメリカに惚れている割合が異常に高くなっちゃうんだよ。
それではまともな議論にならないでしょう?
「ただのツール」(←“ただの”がポイント)として、ぜひともクールにドライに割り切って英語をやっておくれよぅ。

うううううーーーむ。

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