横波

ははぁ、なるほど。
いま私は横波を受けているのか。

私の毎日は、筏の上で寝そべって空を眺めているようなもの。
岸につながれていたはずの紐がどうしてほどけて、いつから流れだして、いま岸からどのくらい離れているのか。
何もわからないけど、別にわからなくても構わない。

太陽が照りつければまぶしくて顔をしかめるが、そのうち夜になるから慌てない。
雨が降ればやむのを待つだけ。
なぜか知らないが転覆するほどの嵐は来ない。
雲が動いているのか、私が動いているのか。
わからないけど、別にどっちでも構わない。

そんなのどかな漂流生活。
ところが、このところ急に付近が騒がしくなった。

ブォヮヮワーーーンという音がしたなぁと思ったら、エンジンとやらを搭載したモーターボートが現れた。
「どうしました?どこへ向かっているんですか?引っ張っていきましょうか?磁石はお持ちですか?貸しましょうか?」と、矢継ぎ早に質問をしてくる。

いいえ、どうもしません。
ずっとこうして漂っているのです。
どこへ行くかは知りません。
どうぞお気になさらず、先に行ってください。
「そうですか?では失礼します」。

そんなやりとりがあってモーターボートはまたブォヮヮワーーーンと音を立てて消えていく。
横波を受けて筏が揺れる。
お、お、お。

そんな調子で何艘もの速い船が続々と近くを通る。
そのたびに、お、お、お、となる。

…と、きっとそういうことだな。

今まですれ違う人すらほとんどなく、ひとり穏やかに漂うばかりだったから、慣れない社交とそれがもたらす横揺れに戸惑ってるんだ。
なにしろ“目的地”とか“舵取り”とか“エンジン”とか、想像したこともなかった概念を突然まとめて見せられたから、びっくりしちゃってるんだ。
「私もそういうの持っといたほうがいいのかな」なんて、柄にもなく迷いが生じているのだ。

そのうち豪華客船が近づいてきて、「乗りませんか?」なんて言われちゃうかもね。
ふふふ。どうしましょ。

夏が終われば海はまた静かになるでしょう。
ということはもうしばらくの辛抱だな。

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