続々・Expert

Expert続・Expertに続く第3弾。
『専門家』について、また。

ある“専門家”サイトに名前と顔を出して、コラムを発表したり質問に答えたりするようになって、今日で3ヶ月。
あいかわらず自分を“専門家”と名乗ることに抵抗アリアリなのだけど、以前いただいたtakさんのコメントを借りるなら、「えいや!」と飛び出してしまったのだからしょうがない。

私が英語教育の大家などではないことは、当の本人がいちばんよくわかっている。
そんな私が「えいや!」と飛び出して、恥ずかしげもなく(あるけど)“専門家”を名乗るのは、英語教育に携わる者として私が持っている情報をシェアすることで、どこかの誰かのお役に立ちたいと思っているからだ。
いわばボランティア活動として“専門家”を演っている、というかんじ。
いや、そうとでも思わないと居たたまれない。

私自身は本物の専門家に出会う機会に恵まれているので、なにか聞いてみたいことができたときに、身近ですぐに解決できるありがたみをたっぷり経験してきている。
が、多くの人にはそのチャンスがない。
贅沢な教育を長いこと受けてしまった身としては、そろそろペイ・フォワードを始めないと罰が当たりそうでね。

質問者が“専門家”をどう定義するか、また私がそれに相応しいかどうかはともかく、「専門家に聞いてみよう」という気持ちをすくい上げることができたら、私もいくらか救われるというものだ。

“専門家”として発言する内容は責任を伴う。
質問をいただいた場合には、投稿された内容から質問者の背景や意図をできる限り慎重に読み取り、その人に合った回答を出すように心がけている。
そうでなければ質問者に対して無礼だと思う。

…という考えに迷いはないのだけど。
投稿された質問に対して、他の“専門家”のみなさんが一般論的な、当たり障りのない、必ずしも質問に即していない回答をする中で、私のやり方はあまりにも浮いていてねぇ。
いや、浮くのは一向に構わないし、この手の孤独感には慣れている。
どう転んでもこれは私の自己満足活動なんだしさ。

このサイトを運営している会社は、一貫して「ツール」だの「集客」だのというキーワードを発信してくる。
おそらく回答を出すことは露出を上げる目的でしかなく、より広い層から注目を集めるためにもっとも有効なのは、ぱっと見てわかりやすく親切な一般論なのだろう。
“専門家”の看板を掲げた事業主のみなさんの目的は明白だし、それは運営側の意図とも合致している。

しかし、その下心が明白なのはこちら側の人間にだけ。
「専門家に聞いてみよう」という純粋な思いから質問を投稿した人は、乱立するズレた回答に困惑するばかりだと思う。

曲がりなりにも“専門家”“英語講師”を自称している人たちが、読者の依頼や期待をそう簡単に無視していいものだろうか。
不特定多数に向けて自分の商売を宣伝するために、学習者の意欲を利用していいのだろうか。
投げかけられた質問に“専門家”がピラニアのように群がり、食い散らかすことで、第三者にも役立つかもしれない大事な質問を潰してしまっていいのだろうか。

「いいんだよ」と断言されそうだな。
ここでボランティア活動をしようとするお前が間違ってるんだ、と。
華やかな英語屋産業の中に、手間ばかりかかって儲かりもしない教育を持ち込もうとするのと同じくらい、的が外れているんだ、と。

“専門家”の契約期間はまだしばらくある。
どうしたものか。

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