Self-esteem

自己評価ちょっとだけ向上プロジェクト。
お試しキャンペーン開始。

自信がないのは私の持ち味なので、今後もずっとそのまま行こうと思っていたのだけど、ちょっと不都合がないこともなくなってきたので、ここらで考え直してみるのもいいかなと思った。

ネットで雑に資料集めをしてみると、“自信がない人”というのは別に珍しくはなさそう。
“自己評価が低い”とも言うらしい。
なるほど。

原因として挙げられるものを、これまた雑にまとめてみると
・“謙虚=美徳”という日本文化の悪影響
・親の愛情を感じられずに育った
・褒められた経験が少ない、など。

そして自信がない結果として表れるのは
・常に他人と比較して劣等感を感じる
・自分を好きになれない
・自己否定をする
・理屈ばかりで行動に移せない
・はっきり物を言うことができない
・自分の言動に責任が持てない
・構ってほしい病、など。

で、
自分を愛し、自分に責任をもち、意識的に生きると、晴れて自信が持てるようになるらしい。

んんんー。
なんだか当てはまらない項目の方が多いような気がする。
そうかぁ、それで私は自信アリに分類されやすいんだな。

情報提供元をさらに雑に見渡すと、どうも“よい子を育てる明るい社会”的な胡散臭い教育方針が見え隠れしている。
自信たっぷりのセンセイ方が、「私みたいになりなさい」と言っている。
いやぁ、そのスタンスでは無理だ。

持っている自信を表に出せないことを、自信がないと誤解している気がする。
そうでなければ、謙虚・劣等感・自己否定などを自信のなさと関連づけた発想はできないだろう。
自信の在処はもっと奥深いところにある。
強くても自然体でも自信があるとは限らない。

開運・埋蔵金・才能の開花・白馬の王子など、「いつか私にも」と夢が描けるタイプの人は、スポーツや芸術に触れたり、恩師や占い師や憧れの人に感化されると、たとえ一時的にでも、人生が180度ひっくり返ることがある。
そんなドラマは根っこに自信がなければ起こりえない。

自信のない人というのは、愛情や責任や高い意識があっても、結果を残しても褒められても認められても、どうしても自己評価が低いままなのだ。
謙虚と誤解されて「そうじゃあないんだよなぁ」と思うのだ。

Social Anxiety Disorderという病名もあるらしい。
これは私の考える“自信のなさ”と比較的近いところにある。
ただ、私にはSADの症状がない。

というわけでアリモノで済ませるのはあきらめて、オリジナルトレーニングで自己評価を上げるようにしてみよう。
あくまで不都合を解消するのが目的なので、ちょっとだけね。
持ち味は残したまま、大きく変えないで、レパートリーを増やすイメージ。
克服、とか言ってやりすぎて、うっかり“自信満々”まで行っちゃって、自己嫌悪に至るといけないし。

まずは積極的に勘違いすることから。
“I am nobody”には軽くフタをしておこう。
それから“ミッション”のことを考えよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。