Toyota Hearing

何をもって”culture of secrecy”と言ってんだか。

secrecyとcover-upは別物だし、ましてsasshiという超能力的美学はアメリカ語では絶対に説明がつかない。
埋める必要もなければ、埋まる可能性などない文化の違いを、こういう場面で持ち出すところにアメリカとガイジンの関係性の実態がある。

日本が事あるごとに自らをアジア諸国と切り離したがり、「あいつらは信用ならないが我々はsincereだ」といくら主張しても、そんな考えが通じるのは日本国内だけだということが、今回のことで日本にも多少伝わっただろうか。
海を越えれば“そこらへんの国”は一緒くたなのだ。
日本人が白人を見ればアメリカ人と思うのと、そう変わらない。

TOYOTAほどのアメリカに精通している企業が、親日派を相手にするわけじゃないことを知りながら、なぜあえてここで“日本流”をこんなに前面に出してくるのか。

単なる憶測にすぎないが、メッセージの宛先が実は日本国民だけだったとしたらどうだろう。
アメリカの地で、アメリカ飛ばし。
本当のsecrecyがここにあるとしたら。

情報に国境も時差もなくなった現代、メッセージは発信と同時に日本にも届く。
“アメリカで日本のトヨタがどう振舞うか”を日本人が日本の基準で評価することはわかりきっている。
アメリカを取るか、日本を取るか。
もしもアメリカのメディアを利用して、日本を取ったのだとしたら、これは歴史的な出来事だと思う。

TOYOTAはアメリカ人幹部に任せ、“日本のトヨタ”を日本に向けて発信する。

だとすると公聴会は、十分に目的を満たすことができた。
東洋のどこかから荒稼ぎしに来たと誤解され、無知さえ正当化される敵地で、不況や健康保険などの国内問題をかわすためのscapegoatに仕立て上げられ、witch huntingに巻き込まれ、あんなに叩かれたにもかかわらず、よくぞ日本らしさを貫いてくれた、と日本人が評価してくれるのならば、アメリカ議会の理解など得られなくても…とね。

公聴会での通訳は、最高レベルのtranslatorを起用したところで、あの形式ではinterpretionまでは望めない。
どうせうまくいかないのなら…とね。

ちなみにCNNの有名な対談番組では、日本人とアメリカ人の2段階通訳を使うことで“アメリカ流”にアレンジすることに成功していた。
そういう手段を知らないわけがないのだ。

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