ボランティア

完璧主義とボランティアについて。

“お客様は神様”の国へ客として行くと、あぁ、こんなに大事にしてくれるんだと感動する。
そんなにしなくてもいいのに、と思うこともよくある。

“お客様は神様”の国の客を相手にすると、細かいことまでうるっさいねぇと思う。
サービスを提供する側より、カネを払う側の方が圧倒的に偉いらしい。

商品の不具合はもとより、ちょっとしたキズや外装の破れ、ほんの一言や些細な行き違いなど、ど―――でもいいじゃん、ってことが見逃せない。

こんな文化の中でもなんとか近年は、物々交換や中古買取が成り立つようになってきた。
返品やフェアトレードについてはまだまだかな。

ところで。
“お客様は神様”の国では、ボランティアがうまく機能しないのではないか。
“お客様は神様”の国は

プロに期待されるレベルが大変高い。
上質なサービスに慣れてしまった客はボランティアのサービスに満足できず、カネを出してプロのサービスを受けることを選ぶ。
ボランティアにいいイメージがない客が、自らボランティアとして活動するとは思えない。
時給が出るなら働くけど、無償のお手伝いは忙しいからしたくない。
カネを介したサービスばかりが発展する。

“客だからどうした”の国では、プロでさえも行き届かないことがある。
同じようなサービスを無料でしてくれるボランティアはありがたい。
だから期待値は低いのに、意外と組織がしっかりしていたり、親切だったりキメ細やかだったりしたらなお嬉しい。
小さいうちから親やきょうだいや、近所の大人がボランティアをする場に触れていれば、育った子どもは自然にボランティアに従事できる。

お目が高いのもほどほどにしておかないと、自分の首を絞めることになるんじゃないのかな。

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