期待

“期待しない”が流行ってきているようで、イヤだなぁと思っている。

私はいろんな場面で少数派に属すことが多いので、「私はそうだけど他の人は違うだろう」と覚悟している。
それでも「と思ったら同じ」に当たることがないわけではない。

たぶん似たような確率で、「私はそうだから他の人もそうだろう」派の人も、「と思ったら違った」に当たるのだろう。
Half empty or Half full?

そういう自然の成り行きを取り立てて悲観し、「もう期待するのは止めよう」とかいうのは、ちょっと行き過ぎじゃないかな。

イヤだなぁと思う理由はいくつかある。

まず「…の方が楽」という選択が好きじゃない。
傷つくのを避けたりプレッシャーから逃れて、得をするとは思えない。
また、コミュニケーションの問題でもある。
「つい期待して」はコミュニケーションの原点であり、種であり肥料であり潤滑油であるはず。
“期待しない”傾向はコミュニケーションを希薄にし、究極的には人との接触を断絶することが、“期待しない”にはいちばん効果的なのである。

それよりなにより、「期待してないよ」なんて言われるのはがっかりじゃん。
力が出ないよ。
「私はそうだけど他の人は違う」かな?
「と思ったら同じ」じゃないかな?

なにも満タンまでを望むことはない。
それは現実的ではないし贅沢というもの。
でもHalf fullぐらいまでなら、期待はしたいしされたいし、人が元気になるために必要不可欠だと思う。

私はいつでも誰にでも何にでも、じゃんじゃん期待している。
一時的に応えられなくても、しつこく次回に期待してやる。

「私はそうだけど他の人は違う」のかもな。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です