キャッチボール

空気に書いてあることを読み取る能力について。

私はその手の読解力が著しく欠けている。
…ということを冒頭に発表してしまうやり方そのものが、すでに“空気読み”上、ルール違反というか試合放棄に当たるのだろうけど。

せっかく言葉があって、自由に組み合わせることを許されているので、いちばん本心に近いものを選んで発するのが、いちばん伝わりやすいのかと思っていた。

さらに、てっきり誰もがそうしていると思っていた。

思い込みとは危険なもので、これに気づかず突き進んでいると、無駄な衝突が絶えない。

まず、“言う=思う”と、“言う≠思う”という、ふたつの異なる前提があると知るのに時間がかかる。

=の人は直球ド真ん中を投げ、≠の人は小技を効かせた変化球で攻める。

問題は受ける側になった時。
よほどの技術がないと、自分の得意な球種しかキャッチできないので、パスボールやワイルドピッチになりやすく、たまたまミットに収まっても、投げた側の意図した形ではないので、かえってこじれることになりかねない。

=の人には≠の人の、「ただ言っただけ」「言わなくてもわかる」「言っちゃったら意味がない」などが理解できないし、逆に≠の人にしてみれば、=の人の“真に受け具合”が信じられず、変に勘ぐったり深読みしたりしてしまう。

=の人は、痛くもない腹を探られるのも、あらぬ方向に話が進んでいくのも不快。
≠の人は、「言わなきゃわからない」なんて冷たくされ、寂しく思っているのを察してほしい。

…ということが、ようやく頭でわかるようになっても、所詮、衝突後の分析でしかなく、未然防止には至らない。

これぞ文化摩擦。

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